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6.術後合併症

  • 術後合併症

手術では、常に合併症を起こす危険を伴います。
周術期合併症、特に術中、術後の合併症には、経過観察で改善するものから、再手術をしなければならないもの、後遺症が残る可能性のあるものまで、様々です。術後合併症は、手術に一般的に見られる合併症、麻酔による合併症、鼠径ヘルニア修復術に特徴的な合併症に分けて考えることができます。
手術に一般的に見られる合併症として、出血、創感染、心血管系合併症、呼吸器合併症、消化器合併症、代謝性合併症、精神不穏など、手術というストレスが各々の臓器へ及ぼす影響により様々な合併症が考えられます。麻酔に伴う合併症もまた、様々です。

ここでは、鼠径ヘルニア修復術に特徴的な合併症について、述べます。
代表的なものは、
1. 出血、血腫
2. 漿液種
3. 感染
4. 消化管や膀胱の損傷・穿孔
5. 腸閉塞
6. 慢性疼痛
7. 再発
などです。それぞれについて、概説します

1. 出血、血腫
鼠径部切開法でも、腹腔鏡手術でも術後の出血は注意が必要です。鼠径ヘルニアという比較的小さな範囲の手術ではありますが、ショックを来すほどの出血を起こす場合があります。出血がたまって塊上となったものを血種といいます。出血が続いていて、止まりそうにない場合は、再手術を行うことがあります。出血が、止まっていると判断された場合は、慎重に経過観察を行います。

最近では、抗血栓療薬を内服している患者さんの手術も増えました。
「循環器疾患における抗凝固・抗血栓療法に関するガイドライン」では、鼠径部ヘルニア手術は体表部の比較的容易な手術とされ、冠動脈疾患や不整脈、弁膜症、深部静脈血栓症などの重篤な合併疾患を持つ患者さんの場合は、抗血栓薬は継続したまま、手術を行うことが推奨されています。複数の抗血栓薬を内服している場合は、1種類のみ続けて他は休薬することもあります。
ヨーロッパヘルニア学会のガイドラインによれば、鼠径部切開法後の血腫の頻度は5.6~16%。腹腔鏡下手術での血腫の頻度は4.2~13.1%と、腹腔鏡下手術の方が血腫の頻度は少ないとされています。

2. 漿液種
漿液腫(漿液貯留)というのは、鼠径ヘルニアの手術操作を行った部位から出る、リンパ液などがたまったもので、多くの場合は、痛みはなく、自然に消失するので、放置していても大丈夫です。ヘルニアの手術を行っても、ヘルニアが出ていた部分にはスペースが残っているので、このスペースに漿液がたまります。
ヘルニアが大きかった方では、手術前のヘルニアと同じような大きさの漿液腫ができることがあり、ヘルニアが再発したと心配される患者さんもいますが、ほとんどの漿液種は自然に治ります。なので、針を刺して抜くことはありません。万が一、針を刺して細菌感染したら、感染がメッシュに及んでしまう可能性があり、そうなると大変だからです。

3. 感染
鼠径ヘルニア手術は、消化管の手術と違い、無菌状態で行われる手術で、感染率は極めて低いとされています。しかしながら、メッシュという異物を使用する手術なので、いったん感染が起こってしまうと治療が大変です。感染を起こさないよう、注意が必要です。鼠径部切開法での修復術は、下腹部の陰毛の近くを切開する手術なので、鼠径部切開法術後の感染の多くは、皮膚や毛などから細菌感染すると考えられています。
これに対し、腹腔鏡手術では、傷が小さく、傷が下腹部から離れており、手術で皮膚にはほとんど触らないこと、などから、感染のリスクは鼠径部切開法より、さらに低いとされています。感染が起こってしまった場合は、傷を切開して膿を排出する操作が必要です。メッシュに感染が及んでしまった場合も、切開、排膿が基本ですが、最終的にはメッシュを取り除く手術が必要になる場合があります。

4. 消化管や膀胱の損傷・穿孔
周術期合併症として、消化管穿孔を起こすとすれば、鼠径ヘルニアが嵌頓して、腸が戻らなくなった場合が考えられます。腹腔鏡手術においては、ポートを挿入する場合に消化管穿孔を起こす危険があります。
腹腔内の腸の癒着を剥離する時、ヘルニアへの腸管の嵌入を整復する時などに消化管を損傷する可能性があります。
いずれの場合も、消化管損傷を来し、腸液がこぼれてしまった時は、メッシュは使用できません。メッシュを使用しない術式とするか、いったん手術を中止し二期的に再手術を行う、などの対応が必要です。

膀胱損傷は、鼠経ヘルニアで膀胱が脱出している場合や、再発に対する手術などで起こす可能性があります。膀胱損傷を起こした場合、あるいは膀胱の損傷が疑わしい場合は、尿道カテーテルを術後一定期間留置します。

5. 腸閉塞
腹腔鏡手術、特にTAPP法では、腹膜を縫合閉鎖します。腹膜の縫合がうまくいかず小さな穴があいてしまった場合、ここに腸がはまり込んで腸閉塞を起こす可能性があります。
TEP法では、腹膜を切開しないので、縫合閉鎖はしません。従って、このタイプの腸閉塞の可能性は少ないと考えられています。

6. 慢性疼痛
慢性疼痛というのは、術後半年(6ヶ月)過ぎても、手術した鼠径部やその周りの大腿、陰部に、痛み、違和感などが見られる場合を指します。いったん良くなった痛みが、再度出現する事もあります。
違和感程度のものから、ピリピリ、ビリビリした痛み、歩けないほどの疼痛など、程度は様々です。これは、鼠径ヘルニア修復術後の大きな問題です。メッシュを使用した鼠径ヘルニア修復術後、15~53%に見られると報告されています。ひどい痛みは約10%程度に起こると報告されています。
原因は、メッシュによる圧迫が主な原因となる非神経性の痛みと、メッシュ周囲の炎症や手術操作により神経が巻き込まれることで痛みが出現している神経性のものとがあります。どちらの痛みも、ほとんどの場合、痛み止めの内服や時には安定剤などの内服で良くなってきます。
痛み止めの内服では、効果が不十分な場合、神経ブロックを行う事があります。これも効果的で、痛みがなくなる患者さんもいます。これらの方法でも、全く良くならない場合は、痛みの原因に応じた手術治療が必要となる事があります。

手術では、非神経性の痛みと診断された場合は、メッシュを取り除く手術をする事で、原因となっている圧迫を解除でき、痛みはよくなります。神経性の痛みと診断された場合は、鼠径部周囲に分布している感覚神経をすべて切離する術式が効果的とされています。メッシュによって、神経が巻き込まれている場合がほとんどなので、神経はメッシュよりさらに中枢側(体の中心部に近い部分)で切離する必要があります。
この場合は、切離された神経の支配領域の感覚は鈍くなるか、消失します。

8. 再発
残念ながら、再発は、0%ではありません。
文献では、鼠径部切開法、腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術とも、再発率は1%前後としているものがほとんどです。当院の再発率は、0.4%と極めて低率です。