(6).腹壁瘢痕ヘルニアの治療
腹壁瘢痕ヘルニアの治療方法は、患者の症状、全身状態、ヘルニアの大きさ・場所などによって異なります。一般的には手術が必要であり、治療には複数のアプローチが存在します。
1. 保存的治療
・ 経過観察(Watchful waiting):ヘルニアが小さく、症状が軽い場合は経過観察が選ばれることがあります。
・ 腹帯やヘルニアベルトの使用:腹帯やヘルニアベルトは、腹壁をサポートし、内臓がヘルニアの開口部から出てくるのを防ぐために使用されます。根治的な治療法ではなく、症状緩和のための一時的な管理です。
・ 生活習慣の改善:肥満に対する体重管理や食事の見直し、適度な運動を行うことなどが症状の進行を防ぐために役立つことがあります。
2. 手術治療
腹壁瘢痕ヘルニアの根治的な治療は手術です。
手術方法にはいくつかの選択肢があり、ヘルニアの大きさ、部位、再発の有無などに応じて適した方法が選ばれます。
1)単純縫合閉鎖
ヨーロッパのガイドラインでは、1cm未満の小さなヘルニアでは、欠損部位の単純縫合閉鎖が推奨されています。日本では、2–3cm程度の大きさのヘルニアでは、縫合閉鎖が行われる場合が多いと思われます。
2)メッシュによる修復術(人工補強材の使用)
腹壁瘢痕ヘルニアの標準的な治療法として広く採用されているのが「メッシュ法」です。
メッシュは、ポリプロピレンやポリエステルなどの人工材料でつくられています。体内に挿入しても変性や腫瘍の発生などの悪影響はなく、極めて安全と考えられています。
ヨーロッパのガイドラインでは1cm以上の大きさのヘルニアでは、メッシュによる補強が推奨されています。つまりは、ほとんどのヘルニアはメッシュによって治すべきであろうということです。
・ メッシュの留置部位による術式の違い
手術では、メッシュをヘルニアの欠損部に配置し、補強します。
メッシュの挿入部位によりいくつかの術式があります(図6A、B)。
(図6A)
(図6B)
・ 筋膜上留置(Onlay):ヘルニアの上からメッシュを配置する方法。術式として容易であるが、特殊な場合を除き、一般的ではありません
・ 筋層背側留置(Sublay):筋層と腹膜の間、あるいは筋層と筋膜の間にメッシュを挿入する方法です。開腹手術では標準的な方法です。
・ 腹腔内留置(Intra-peritoneal)IPOM:腹腔内に直接メッシュを配置する方法。メッシュと消化管の癒着が懸念されるため、癒着予防材でコーティングされたメッシュを使用します。
3)腹腔鏡下手術
開腹手術に比べ、創が小さいため、術後の疼痛が少なく、早期退院、早期社会復帰が可能と考えられています。
また、創が小さいため、創感染および、メッシュ感染は少ないとされています。
上記の、筋膜上修復(Onlay)、筋層背側修復(Sublay)、腹腔内修復(Intra-peritoneal)とも、腹腔鏡によって、行う事ができます。
〈こぼれ話〉
IPOMと筋層背側修復術について
1990年代に報告されたIPOM(IntraPeritoneal Onlay Mesh)法は、メッシュを腹腔内に留置する方法で、現在世界で最も多く行われている術式です。
2012年に初めて報告された、腹腔鏡下筋層背側修復術(Rives-Stoppa法など)は、メッシュを筋層背側や腹膜外腔に留置する方法で、IPOMに比べて技術的に困難な術式ですが、様々な利点を有し、現在少しずつ普及してきています。
IPOM法は、前述のように、メッシュを腹腔内に直接配置して腹壁瘢痕ヘルニアを修復する方法です。特徴として、
・ 腹腔内から欠損部にパッチを当てる方法で、手技が極めて容易。
・ 腹腔内にメッシュを留置するため、メッシュと消化管との癒着が心配、このため、癒着予防剤がコーティングされた高価なメッシュを使用する必要がある
・ メッシュがずれないように、しっかり固定する必要がある
・ 腹腔内に癒着がある場合は、手技が困難
などがあげられます。
腹腔鏡下筋層背側修復術(Rives-Stoppa法)は、メッシュを筋層と腹膜の間の層に挿入する方法で、開腹手術では、標準的に行われています。メッシュは腹腔内に留置されないため、癒着予防のコーティングが行われていない安価なメッシュが使用されます。
特徴として、
・ メッシュが腹腔内臓器に直接触れないため、癒着による合併症のリスクが軽減される
・ メッシュは筋層と腹膜の間にサンドイッチされ、腹圧により、メッシュが腹壁に圧迫され、ずれにくく、強固な固定は不要で、メッシュの固定に伴う術後の疼痛は少ない
・ 筋層背側は血流が良いためメッシュ感染はおこりにくい
・ 広い範囲を剥離する必要があり、手術時間が長くなる、剥離部位からの出血のリスクがたかくなる
などの特徴があります。
こちらは、ある程度、専門的な知識と技術を持っていないと難しい方法です。
当科では、この方法を標準的に行っています。
3. 術後のケアと合併症予防
a)術後の感染予防:メッシュを使用した手術では、感染が大きな問題となります。
術後の創部ケアを徹底し、感染リスクを最小限に抑えるために、抗生物質の投与が行われます。
b)術後の痛み管理:術後の痛みの管理のため、鎮痛剤の適切な使用が必要です。
c)再発の予防:ヘルニアの再発を防ぐためには、術後の適切な生活管理が必要です。
・ 体重管理:肥満は再発の大きなリスク要因であるため、体重管理は大事です。
・ 運動:過度な腹圧がかかる運動(重い物を持ち上げる、強くいきむなど)は避け、軽度な運動を行うことで腹壁の回復を促進します。
・ 便秘予防:便秘による強いいきみは腹圧を高めるため、便秘を予防することが重要です。
・ 禁煙:手術後は禁煙が推奨されます。喫煙は創傷治癒を遅らせる原因となります
4. 腹壁瘢痕ヘルニア手術の合併症
ヘルニア手術には、いくつかの合併症のリスクがあります。以下は代表的なものです:
・ 感染:メッシュを使用した場合、感染が起こるとメッシュを取り除く必要が出ることもあります。
・ 出血:とくに、腹膜外を広く剥離する術式では、術後の出血が問題になります。圧迫などで止血される場合がほとんどですが、出血が止まらない場合は、再手術を行います。
・ 消化管損傷:腹壁瘢痕ヘルニアは、術後の創瘢痕にできるヘルニアなので、消化管が癒着していることがあります。癒着剥離に際し消化管を損傷してしまうことがあります。そうすると腸液が流れ出てしまい、細菌が広がってしまう可能性があります。この様な時は、メッシュの感染を懸念し、メッシュを使用しない術式に変更します。術後、しばらくしてから、消化管損傷がわかることがあります。この場合も再手術が必要になります。
・ 神経損傷:手術中に神経が損傷されることがあり、術後にしびれや痛みが残ることがあります。
・ 腸閉塞:術後に癒着が生じ、腸閉塞を引き起こすことがあります。
・ ヘルニアの再発:手術後に再発する可能性があり、特に大きなヘルニアや再発ヘルニアは再発リスクが高くなります。
